昨日の今日

KINOUNOKYOU

お笑いとテレビと映画と本と音楽とサッカーと…

BOOK

木村元彦『コソボ 苦闘する親米国家 -ユーゴサッカー最後の代表チームと臓器密売の現場を追う-』

単一民族国家であるかのように誤認してしまえる日本という国でこの本を読んでいると、あまりに過酷な分断と対立の連続に衝撃を受けてしまう。序章の冒頭にあるように、極東アジアとの距離的な遠さ、文化的、宗教的馴染みの薄さもあって、アイデンティティの…

マッテオ・マラーニ『セリエA発アウシュヴィッツ行き』小川光生 訳

深く非現実的な静寂が、小さな広場を満たしていた。町は夜明けの薄明けの中にあった。ただ、太陽はまだ地上を温めていなかった。ヴァイス家の4人は、まだ眠っていた。早起きをする理由がなかったからである。子どもたちは、学校から締め出されていたし、両親…

久保勇貴『ワンルームから宇宙をのぞく』

宇宙の果てが一体どうなっているのか、この本は答えることができないと思う。地球上の生命が何のために生まれたのか、答えることができないと思う。どうすれば重力の底から抜け出せるか、教えてあげられないと思う。けれど、どこかの誰かの生活の隙間を埋め…

エリザ・スア・デュサパン『ソクチョの冬』原 正人 訳

本作の舞台となる韓国北東部の行政区画・江原道(カンウォンド)に位置する束草(ソクチョ)は、北緯38度線より北側にあり、朝鮮戦争前までは北側の実効支配下にあった土地である。その後、韓国軍の奪還を経て韓国領土となるのだけれど、それは単なる国家に…

サリー・ルーニー『ノーマル・ピープル』山崎まどか 訳

サリー・ルーニーによる長編小説2作目である『ノーマル・ピープル』は、生まれなどを含む環境、個人の性質、財産などがこの世界における資本主義的なルールのなかで格差としてどう存在するのかを物語として表象した上で、しかし、それゆえに“かけがえのなさ”…

『萩原朔太郎大全』朔太郎大全実行委員会(編)

朔太郎、没後80周年の記念として刊行された『萩原朔太郎大全』は、大全というに相応しい内容だ(それなのに、コンパクトに収まっているのも素晴らしい)。写真などの資料、医者であった父親からの期待と自らの理想という狭間で懊悩した生涯のエピソードの充…

ミシェル・ザウナー『Hマートで泣きながら』雨海弘美/訳

リスの1匹が壁のあいだの隙間に落っこちて出られなくなり、飢えて死に、数千匹のウジ虫が湧き、ある朝、扉を開けたらハエの大群に襲われる。バイトを3つ掛け持ちしながら音楽活動を続けていたミシェルは、そんなぼろ屋で暮らす状況と将来への不安感に耐えら…

宇野常寛『水曜日は働かない』『砂漠と異人たち』

「水曜日が休みになると1年365日がすべて休日に隣接する」という提案によって、「労働」から「活動」へ移行した日々の豊かさを綴った書籍が『水曜日は働かない』である。文章を書き、都会の街中を走り、相棒のT氏とお喋りをするという何気ない日々が豊かな筆…

レジー『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち (集英社新書)』

第六章にいくまでかなりつらい読書体験である。本当につらい*1。読んでいるだけでこんなにもつらいのだから、書いているレジーさんはもっとつらいのだろうな、と思う書籍が『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち (集英社新書)』である。とにかく短い時間…

河内一馬『競争闘争理論 サッカーは「競う」べきか「闘う」べきか? 』

海外でプレーする選手も増え、選手の質に関して言えば世界との差というものはどんどん縮まってきているはずなのに、日本は何故、サッカーというスポーツで世界と渡り合えないのか、ましてや2021-2022年のW杯アジア最終予選で苦戦してしまったりするのだろう…

今村夏子『とんこつQ&A』

文学ムック『たべるのがおそい』vol.1に掲載され、第155回芥川賞候補となった今村夏子の2作目『あひる』は、あひるを2代、3代と代替しながら、“あひるのいる家”を作り続ける両親のことを困惑しながら観察する主人公についての興味深い物語であった。代替物を…

シルヴィア・プラス短編集『メアリ・ヴェントゥーラと第九王国』

シルヴィア・プラスのショッキングな自死から半世紀以上を経て、新たに発見された未発表短篇『メアリ・ヴェントゥーラと第九王国』。アメリカで大きな話題となった2019年から3年後、ようやく邦訳され、日本でも刊行された。物語は少しばかりの躊躇を胸の隙間…

本で泳ごう。2022夏。

毎年やってきてしまう暑すぎる夏に疲弊している。そろそろ夏やめてほしい。しかも今年は6月から真夏日みたいな気温で街を熱してきたわけなのだから、まだ8月になったばかりであるけれど、もうヘトヘトである。そんなだから愉快な気持ちで街に繰り出していく…

グレゴリー・ケズナジャット『鴨川ランナー』

「授業の一覧に定番のスペイン語はもちろんあり、フランス語もドイツ語もあった。その中で唯一馴染みのアルファベットを使用しない日本語は、部外者のように、何かのミスがあったかのように孤立していた」p7。本作の主人公である〈きみ〉はその日本語という…

藤田新策作品集『STORIES』

スティーヴン・キング、宮部みゆきなどの装丁を描いてきた藤田新策の作品を集めた『STORIES』が素晴らしい。不気味で、奇妙で、恐ろしく、我々が生きる日常とはまったく異なる別世界への扉を開き、とても踏み出すには躊躇ってしまいそうであるにも関わらず、…

岩井勇気『どうやら僕の日常生活はまちがっている』

どうやら僕の日常生活はまちがっている 作者:岩井勇気 新潮社 Amazon 岩井勇気エッセイ待望の2作目『どうやら僕の日常生活はまちがっている』。略して“僕ガイル”。ゆるゆるとした日常からの岩井勇気らしいイマジネーションによる飛躍や思考の連なりが面白か…

吉田靖直『持ってこなかった男』

“持っていなかった”ではなく、“持ってこなかった”と銘打ってある本書は、トリプルファイヤー・ボーカリスト吉田靖直による初の自叙伝である。自叙伝であるが、これはとんでもない文学なのである。持ってこなかっただけで、俺は持っていないわけではない。そ…

ローレン・グロフ『丸い地球のどこかの曲がり角で』

大小の爬虫類が群れ棲む沼のほとりから150キロほど離れた海岸に引っ越して本屋を営み始めた母親のもとでいっときの平穏を感じていたジュードは、戦争から父親が帰ってくることによって、再び沼のほとりへと引き戻されることになってしまう。爬虫類と両生類の…

西川美和『スクリーンが待っている』

スクリーンが待っている 作者:西川美和 発売日: 2021/01/15 メディア: Kindle版 『スクリーンが待っている』は映画監督である西川美和によるエッセイ、『すばらしき世界』がスクリーンに映し出されるまでの過程を書いたものである。そのなかには、彼女が映画…

日向坂46写真集『日向撮 VOL.01』

メンバーをメンバーが撮影し、それをまとめた写真集。ぺらぺらと頁をめくりただ眺めるだけでなく、撮影者のコメントも写真と共に載っていて、これは読みものとして完成されているのために、なかなかのスーパー大ボリュームなのです。ステッカーはtypeAかtype…

ディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』

ディーリア・オーエンズという生物学者による初の小説は、まさしく大河というべき、長く、険しく、壮大で、美しい人生をボートに乗り、少女の成長譚、ミステリー、文学や生物学などあらゆるテーマが形作る水の上を横断するという傑作である。全世界1000万部…

乗代雄介『旅する練習』

旅する練習 作者:乗代 雄介 発売日: 2021/01/14 メディア: 単行本 「歩く、書く、蹴る」という“練習の旅”。千葉の我孫子*1から鹿嶋まで歩いていき、姪が合宿所から借りたままの文庫本を返す。その道程で、小説家である叔父は人気のない風景を描写し、その横…

マルク・デュガン『透明性』

透明性 作者:マルク デュガン 発売日: 2020/10/15 メディア: Kindle版 2068年。自分のデータを国家や企業に送り、それをもとにしたアーキテクチャが作る緩やかな支配体制の下で幸福に生きる功利主義的な世界へ警鐘を鳴らすのがマルク・デュガン『透明性』と…

柳家小三治『どこからお話ししましょうか』

どこからお話ししましょうか 柳家小三治自伝 作者:小三治, 柳家 発売日: 2019/12/19 メディア: 単行本 柳家小三治『どこからお話ししましょうか』という本がとても素晴らしい。自伝であるから、まさしく柳家小三治が自身の人生を語る、振り返るものであるの…

今村夏子を読もう。2020秋。

今村夏子を読もう。劇場では大森立嗣により映画化された『星の子』を観ることもできるという2020秋。夏が終わり涼しくなってきた今こそ、素晴らしい作品群をまとめて読んでしまいましょう。平易な文章に分量も少なくサラッと読めるので万人におすすめできる…

岩井勇気『僕の人生には事件が起きない』

僕の人生には事件が起きない 作者:岩井勇気 発売日: 2019/11/15 メディア: Kindle版 ハライチ岩井による初エッセイ集『僕の人生には事件が起きない』を読んだ*1。TBSラジオ『ハライチのターン』でのフリートークが重さをもって形になったことだけでも買う価…