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柳家小三治『どこからお話ししましょうか』

どこからお話ししましょうか 柳家小三治自伝

どこからお話ししましょうか 柳家小三治自伝

 

柳家小三治『どこからお話ししましょうか』という本がとても素晴らしい。自伝であるから、まさしく柳家小三治が自身の人生を語る、振り返るものであるのだけれど、その人生のなかで邂逅する映画、小説、音楽、演劇、ラジオ、バイク、もちろん落語も、あらゆる芸術を横断的に散らばせながら、自らの“生”が形作られていく道程を実感するというめちゃ最高な読みものなのです!こういったものが読みたかったのだ!と思わせてくれるのが柳家小三治『どこからお話ししましょうか』であります。万人におすすめできる本なので、ぜひ手に取っていただきたい。最高です。ちょー良い。本の内容を端的に示そうとすれば、第八章『うまくやってどうする?』のp.109にある。

うまくやろうとしないこと。それが、難しい。とても難しい。じゃあ、下手なまんまでいいのかっていうと、そうじゃないんだよねえ(笑)。心を理解しなきゃ、人の心を理解しなきゃ。人が生きるっていうのはどういうことか。それをどうやって理解していくかっていうと、音楽を聞き、絵を見、小説を読み、人の話を聞き、芝居を見、もちろん映画も見て。つまり、自分以外のものから発見していく。なにを発見していくかっていうと、自分を発見していくんですよね。そういう鏡に照らし合わせて、ええっ、おれってこんななの?って。その映す鏡は他人じゃない。自分の中にある。自分の鏡だ。いつかそういう鏡を持てる自分になれるだろうか。いや、そんな毎日ですから、これでいいんじゃないかって思える日が来たら、どんなに幸せかと思ったりします。

八、『うまくやってどうする?』

芸事にどう向き合っているか、転じて、生きるとはどんなものか、私たちがポップカルチャーに接するということはどんなことであるか、そんなことを軽くて優しい筆致で、話しかけるようにほどいてくれる。そんな手ほどきが人生という真っ直ぐな線を描きながら、“生”の豊かさといったものを存分に見せてくれるのだ。なんと感動的な本だろうかと思う。第一章『父と母のこと』で浮かび上がるのはジョン・カサベテス監督、ジーナ・ローランズ主演の『グロリア』だ。グロリアが、自分とは関係のない友達の子どもを必死で守る。やがて連想される“母親”という存在から、

グロリア (字幕版)

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さだまさし『無縁坂』につながり、「母がまだ若い頃」という歌い出しにたまらない気持ちになりながら、『グロリア』の親子じゃないのに親子以上という構図に、師匠と弟子という構図が重なっていく。

無縁坂

無縁坂

 

第二章『野菊の如き君なりき』は傑作だ。中学二年生の柳家小三治。体育の時間に服を脱ぎ捨てて、体操着になって校庭へ出て、その時間をすまして教室へ戻ってきたら、グジャグジャに脱ぎ捨ててあった体操着がたたんで机の上に置いてある。どうやら同級生がたたんでくれたらしい。そのあとは前の席に座っている彼女が気になってしょうがなく、授業のことは全く頭に入らない。それから付かず離れずの関係が続いて、高校二年のとき、

「家族で江の島に泊まりがけで行くんだけど、郡山さん、来ない?」

と言われた柳家小三治であったが、「行かない」と答えてしまう。そんなとき、ラジオ東京(現・TBSラジオ)ののど自慢大会で、落語をやって優勝し、商品としてサイクリング自転車をゲットすると、その朝、突然思いついて新宿から江の島へと自転車を走らせる。

泊まっているのは海の家だとは聞いていたけど、探したってわかりゃしない。まあ、いいや、とにかくここへおれは探しにきたんだ、っていうことに自分の美学を感じました。それで、江ノ島の橋をくぐって向こう側へ出て、ひょっと海を見たならば、彼女が海から上がってきた。これはもう、神のお告げだと思うでしょう?なんでそのとき、好きだと言わなかったんだろうねえ。ほんとに、言いたかったよ。だけど、そんなこと言ったこともない。まったく、じれったい男だったねえ。

そんな「言えない」が多分に含まれた『野菊の如き君なりき』が頭の中に浮かび上がる。

野菊の如き君なりき

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あのときの後悔が映画のシーンように思い出される。柳家小三治はめちゃくちゃにロマンチストだ。

まあ、今考えてみると、あのとき言うべきでした。だって、何万人いるかわからない中から一人、こう上がってきたんですよ。まるで人魚のように感じました。海の水に濡れて、背後には江の島の海の、逆光の波がキラキラキラ輝いて、もう全部の頭の中に残ってますよ。

 

柳家小三治のバイブルたち。

鞍馬天狗 角兵衛獅子 [DVD]

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P+D BOOKS 鞍馬天狗 1 角兵衛獅子

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坊っちゃん

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中学校に入ったときに「もう、こういう本も読まなきゃ」って、姉がくれた夏目漱石坊っちゃん』も笑いながら読んだらしい。赤シャツや野だいこ、山嵐などキャラクターが面白くて、のにち落語が好きになる下地になったのかもしれないと語る。漱石は三代目の柳家小さんに傾倒していたらしい。


小さん 長屋の花見

落語と出会ったのは、講談社『落語全集』のなかにある『長屋の花見』を読んだとき。『長屋の花見』は日本の庶民の噺で、落語は、貧しさを満たすためのものであり、そういうものが根底にあるというのだ、という認識を形作るのもいい。そして、

私は人情噺をやりたいって思ってました。だから、滑稽噺の小さんの弟子になるつもりはなかった。ただ、「しろうと寄席」の録音の日に小さんと楽屋で二人っきりになったことがありました。まだほかの審査員も出演者も来ていない。小さんと向かい合って座っていました。小さんはなんにも話しかけもしないし、ちょっと上目づかいで壁の一点をじーっと見つめたまま、目がギョロッと動かない。芸はちっともおもしろいとは思わなかったっていうか、よくわからなかった。けれど、その目がすごく澄んでいた。それを見て、惚れたんですねえ。

四、『しろうと寄席』

という師匠との出会いも最高に良い。目を見て惚れる。それはまさにトッド・ヘインズ『キャロル』!眼差す運動が一目惚れとなり心臓を熱くして、弟子入りを志願する。めちゃ最高なシーンだ。芸はちっともわからない、でもその目がなによりも澄んでいて、その目を見たために惚れてしまう。最高だ。

第六章の『私の北海道』も本当に素敵なエピソードだ。北海道に住む丹野との日々を回想する。北海道での縁が丹野を中心につながれていく。

このように縁ができたのも、もとはといえば丹野ですねえ。つまり丹野がいなければ、そういうこともなかった。気が合うっていうのは、ああいうことをいうのかなあ。親しい友達と書いて、親友っていいますよね。心の友達と書いて、「心友」ともいいますね。心友は、丹野だけでしょう。心から魂を広げて、肩を叩き合うっていうようなねえ。

まさに横道世之介のような丹野の存在。振り返る、記憶が蘇って、そうかあの時のあれは…と何か温かいものが残る。振り返るという本書の内容に寄り添うようにポップカルチャーの世之介的な温かさで溢れていく。そうか、この本をこんなに好きになったのは、横道世之介のようであるからなのかもしれない。誰かの物語を語り継いでいく、継承の芸術である落語。本を読む、映画を観るなどといったそれらのこともポップカルチャーを後世に伝えていくなんとも素晴らしい芸術的な営みなのです。そんなことを教えてくれるとにかくおすすめの書籍です。