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岩井勇気『僕の人生には事件が起きない』

僕の人生には事件が起きない

僕の人生には事件が起きない

 

ハライチ岩井による初エッセイ集『僕の人生には事件が起きない』を読んだ*1TBSラジオ『ハライチのターン』でのフリートークが重さをもって形になったことだけでも買う価値ありです。タイトル下に登場する自筆のイラストもかわいい。

岩井勇気のフリートークで面白いのは日常からの飛躍だ。それは本作の目次のタイトルだけ見てもすでに発揮されている。『家の庭を“死の庭”にしてしまうところだった』『「ショッピングモール満喫ツアー」の暗闇に潜む化け物』『麻雀の不吉な上がりのせいで死に怯える羽目になる』『空虚な誕生日パーティ会場に“魚雷”を落とす』などなど、『僕の人生には事件が起きない』なんてタイトルからは感じさせない事件性を感じさせる章ばかりである。それとは反対にどこまでも日常であるエピソードの数々も抜群にいい。好きなエピソードを取り上げてみる。

 

家の庭を“死の庭”にしてしまうところだった

雑草が生い茂る庭をどうしようかと思案して、ネットで検索し、土に塩を撒いて植物が枯れて雑草も虫もなくしてしまえる方法を発見する。しかし、どうやらこの方法は「塩害」といって、草木を枯れさせ、土を殺し、最終的には庭が死んでしまうというものだったことがわかり、その実施をやめる。そして、ここからちょっとした話の飛びがある。

草木が枯れ生命が息絶えた『北斗の拳』の世紀末のような状態になってしまったら、逆にその環境を生き抜いた恐ろしく強い個体の虫が生まれるんではないかという怖さもある。モヒカンで革ジャンを着た蟻や、バイクに乗ったダンゴムシが生まれてしまえばもう手がつけられない。メゾネットの家が虫の族どもに侵略されるところまで想像した。

ものすごい事件を頭の中に描きながらも、実際は何も起きていない。この結びがちょうどいい。そのあとはクモとの共同生活をしようとするが、クモの死を目撃してしまうということが書かれる。“死”と“生”を行き来する。その実感かさが生活であるのだ、と岩井勇気はメゾネットタイプの家を掃除する。

 

野球嫌いな僕が落合福嗣神宮球場へ行った

確かこのとき『グラゼニ

がTVアニメで放送されていて、岩井勇気ニコニコ生放送『アニ番』で今期のアニメランキング第1位に『グラゼニ』を置いていた気がする。新しい何かとの出会いが球場で起こっていて保坂和志的なピースな世界がある。球場の匂いみたいなものもちゃんとしてきて、あー、本当に文章上手なんだなぁと思う。一緒に行った女性スタッフがバランスを崩して、ソーセージの盛り合わせをぶちまけ、サラリーマンの白シャツを汚すという悲劇もコミカルに描かれている。深刻なときはできるだけ軽く、安寧であるときは重くという岩井印だ。

 

通販の段ボールを切り刻んで感じた後味の悪さ

通販をよく利用するためにたまってしまった段ボールをカッターでバラバラに刻んで、ビニール紐でグルグル巻きにしてまとめる。なんだかモヤモヤする。そうかこれはサイコホラー映画などで出てくる死体をバラすシーンにそっくりなのだと思い浮かぶ。すると、またしても想像が広がる。

茹でた蕎麦をシンクでざるにあけていると、ぴんぽーん!と家のチャイムが鳴った。

「あれ?通販か何か頼んでたっけな?」

と思いながらドアモニターで玄関の外の様子を見た。すると何故かそこには警官が立っていたのだ。

タイミングが合いすぎていて、ぼくは少し後ずさりした。心拍数が上がる。もしかして庭のボックスの中身に感づかれたんではないだろうか。それとも近所から異臭がするなどの通報があったのか。

もはや事件を起こそうとしている。通販の話からここまで飛躍するのは、もう狂人のようだが、それを真面目に語ろうとする岩井勇気が笑いを誘っている。ラジオのフリートークとしてやると、澤部にツッコまれてしまう可笑しな、ふざけたお話となるのだけれど、本として文字にすると、可笑しさと真面目さのちょうど良いところで落ち着くのが不思議だ。

 

あんかけラーメンの汁を持ち歩くと

あんかけラーメンの汁だけを水筒に入れて飲むというエッセイ。子供とその母親達で賑わっていて幸せな空気が流れる天気の良い昼間の公園で、ベンチに腰をかけ、流れる雲を見ながら飲む。

子供達は広場で遊び、母親達はそれを微笑ましく見ながら談笑している。そしてベンチに座っている男は水筒の中のあんかけラーメンの汁を飲んでいる……。日常の平和な風景に潜む狂気の沙汰に僕は震えた。たまに子供達を凝視しながら飲んだ。

ものすごく哀愁がある。ジッド『背徳者』だ。恐ろしい癖のようなものが、あんかけのドロっとした嫌な質感を持たせながら、でも爽やかだ。岩井勇気が水筒片手に細い目で遠くの子供を見つめている。その水筒の中身はあんかけラーメン。だからなんだよ、ということなんだけれど、そうであるから癖なのだ。

 

組み立て式の棚、ふたたび

組み立て式の棚はそれを作る過程で精神の崩壊を招く悪魔の家具だ

この一文がすべてであり、ちょー共感。

 

仕方なく会った昔の同級生にイラつかされる

同窓会に行ったという話。この話は恐ろしくなる。おそらく僕の未来にもこのことがおこるのだろうなあ、ということが予見できてしまうからである。そのときはこの岩井勇気の文章を頭に唱えながら楽しもうと思う。

 

 

この感じだと次回作も、そんなに待たないで発売されそうなので、楽しみに待ちましょう。これは本になりそうだなあ、とか思いながらラジオを聴くのも楽しいかもしれない。

 

*1:新宿ブックファーストで手に入れたサイン本!少しの自慢すみません