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藤田新策作品集『STORIES』

f:id:You1999:20220309143503j:imageスティーヴン・キング宮部みゆきなどの装丁を描いてきた藤田新策の作品を集めた『STORIES』が素晴らしい。不気味で、奇妙で、恐ろしく、我々が生きる日常とはまったく異なる別世界への扉を開き、とても踏み出すには躊躇ってしまいそうであるにも関わらず、大人になるにつれていつだかに失ってしまったかもしれない、その一歩を踏み出したくなってしまう少年のような好奇心を心の深いところでグツグツと沸騰させてくれる。表紙には、冒頭のニール・ヤングの歌の歌詞「ブルーからブラックへ(晴天から日常へ)」にインスパイアされたというスティーヴン・キング『IT』2が採用されており、暗闇のトンネルを抜けた先に広がる鬱蒼とした緑と入り組んだ木々、そしてワクワクとした浮かれた気持ちと頼りなげに動揺しているかのような純白の風船が見えている。そのまたさらに先には、まだ見ぬ未知の領域があるかのような真っ暗なトンネルが冒険の結末を隠し、我々を物語へと誘っている。この没入感ある重厚な画が単行本、文庫本の装丁となり、書店を訪れた読者の日常から別世界へのゲートを開いているわけなのだけれど、今作の作品集では、それが大判によって楽しめるのであり、その奥行きある世界への入り口は日常と異世界との境目を限りなく曖昧にし、シームレスに繋ぎ止めてしまっている。私が生きていた世界がもはやどちらなのかわからないほど。

本書は、スティーヴン・キング宮部みゆき、日本人作家、ゲーム・児童書・絵本、というおよそ4つに章立てられており、それぞれの章終わりにには藤田新策による解説も用意されている。宮部みゆきの章では、装丁におけるあるべき姿というか理想のようなものについて言及してある。

 ある人が帰宅途中、無性にスパークリングワインを飲みたくなったとします。コンビニで買って帰宅して栓を開けたら、実は中身がスパークリングワインではなくレモンハイだった・・・。これは裏切られたと思い、ガッカリしますよね。とかくパッケージは目立つようデザインされるため、個性的だったりスタイリッシュだったりしますが、やはり中身に即していないものは問題があります。
 これは、装丁(本のパッケージ)も同じです。ハード・ボイルドを読みたくて買った本がラブ・ロマンスだったらガッカリです。斬新で個性的なものを目指したい気持ちは山々ですが、ミステリーはミステリーらしく、ファンタジーはファンタジーらしくなければいけないと僕は思っています。

そして、最後には、掲載作品一覧&解説として、本作に載っている作品のすべてに短文であるもののコメントが寄せられているのもたいへん満足できる内容となっている。個人的なお気に入りは宮部みゆき『ソロモンの偽証 第Ⅰ部』上・下 新潮社(2014)だろうか。誰もいない教室の窓外には雪がしんしんと降り注ぎ、屋根は白く染められている。ゆっくりと白く街を染める甘美な雪の落下に、中空に漂うような男の子が加わっている。美しい絵である。そして、絵本ふじたしんさく著・絵『ちいさなまち』の数々も素晴らしいのだ。画の3分の2に池(?)にうつった街が描かれているのだけれど、その虚構性というか現実世界からはみ出したところに物語は宿っているのだというような藤田新策らしい画なのである。藤田新策作品集『STORIES 』には無数にも開かれたまだ知らない世界が、物語がある。買って損はしない代物である。おすすめ。