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ミシェル・ザウナー『Hマートで泣きながら』雨海弘美/訳

f:id:nayo422:20221207011913j:imageリスの1匹が壁のあいだの隙間に落っこちて出られなくなり、飢えて死に、数千匹のウジ虫が湧き、ある朝、扉を開けたらハエの大群に襲われる。バイトを3つ掛け持ちしながら音楽活動を続けていたミシェルは、そんなぼろ屋で暮らす状況と将来への不安感に耐えられず、大学時代から知り合いのダンカンに会いにニューヨークへと向かう。彼はフェイダー誌の編集者であり、ミシェルは人生に保険をかけるための下準備をも決心していた。しかし、そんなときになって、「お腹に腫瘍が見つかったの」という母親からの連絡が入ることで、ミシェルはバンドもバイトも辞めて、母親の元へと行き先を変更することになる。取っ組み合いの喧嘩をするほどに折り合いがつかず、生き方を認めてくれなかった母親のもとへ。

家族という共同体は不思議なものである。会社やアルバイトやバンドなどであれば、そこから離れることも可能であるけれど、しかし、家族というのは偶然の関係にすぎないはずなのに、あまりに強固に、強制的に結ばれているのであって、なかなか離れることが難しい。韓国人の母とアメリカ人の父のもとに生まれたミシェルは、米オレゴン州で育ち学校では疎外感を抱えていたし、米韓のカルチャーギャップ、母親からの厳しい躾もあった。そして、罵詈雑言が飛び交うのだった。しかし、そんな部屋のなかで暮らしているのは何故なのか、それにはなんら理由はないのであって、ただの偶然に過ぎないのである。偶然そこに生まれ、その親の子どもになったにすぎないのだけれど、ミシェルは母親のもとに戻り、Hマートで泣くのだった。

それは家族であるから、愛で結びついているから、ということではない。運命だとか、血縁だとかいったことでもない。そこにある“かけがえなさ”は、あまりに偶然の関係によって他者同士が暮らしたということにおいてである。その関係は置き換えられてしまうほどに脆いものであって、だからこそ、“かけがえがない”のである。それは是枝裕和そして父になる』が描いたものでもあった。

ミシェルはキムチ作りを白菜や大根に「新しい命を与える」行為であると表現し、かつての時間もまた発酵を経て新たに心のなかに現れると記す。

わたしのなかの記憶を腐らせるわけにはいかない。つらい思い出が浸潤し、はびこり、ほかの記憶を腐らせてだめにするのを放っておくわけにはいかない。記憶は手をかけ大切にしなければ。母とわかちあった文化はわたしの胃のなかで遺伝子のなかで生き、ぷつぷつと発泡していた。わたしのなかで死んでしまわないように、それをつかまえて育まなくては。いつか誰かに伝えるために。母の教え、母が生きた証しはわたしのなかに一挙手一投足に、行いのなかに生きていた。母がこの世に遺したのは、このわたしだった。母と一緒にいることがかなわないなら、わたしが母になればいい。p289

わたしたちはただ生まれてきたにすぎない。しかし、この膨大な歴史の流れのほんの少しの時間の間のなかで、喜びや悲しみを享受し、そんな美しい煌めきを渡してくれた誰かの思いをまた未来へ繋いでいくこと。この世界は生きていくに値するのだと思えること。偶然にすぎなかった“生”なのだけれど、そんな継承の物語のなかできっとわたしたちは生きていて、そうであるからいつか必ずやってくる“死”を受け入れられる。母親が生きているうちに、韓国を旅行することは叶わなかったのだけれど、Japanese Breakfastのボーカルとして韓国へとやって来たミシェルは、確かに母の存在を感じていた。韓国料理食べたい、そして、Japanese Breakfastの歌声をライブで聴きたいと思いながら、わたしは本を閉じた。