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羊文学『まほうがつかえる2023』at LINE CUBE SHIBUYA

f:id:nayo422:20231214131340j:imageライブを見ながら考えていたのは、ミサイルがこの会場に落ちてくることだった。でも、それが起こらないと安心しきっているからそんなことを考えられているのかもしれなかった。コロナ禍と経済の停滞を経て、世界はもうあらゆることから目を逸らすことできなくなってきた。オンライン通話をつなげば10,000キロも離れたひとと話すこともできるし、飛行機に乗れば会いにいくこともできる。遠い国で何が起こっているのかを聞いたり、見たりすることもできる。山をつらぬき道を切り開くことも、大きな岩を重機で持ちあげることもできる。人間は「まほう」のような力を手にし、世界を豊かにしてきた。しかし、「まほう」の使い方はそれだけではない。誤った情報を遠くの他者へ伝えて惑わしたり、家族の暖かな居場所や恋人の親密な空間をミサイルで破壊したりして、人間の生命を奪うこともできるのだった。私は羊文学の音楽を聴きながら、ミサイルが落ちてくることを想像していた。「まほうがつかえる」ということはいろんな意味をもっている。

羊文学が毎年12月に開催している『まほうがつかえる』は、クリスマスに開かれるパーティー。今回は新譜の楽曲を中心に演奏してくれた。12月6日(水)にリリースされた『12 hugs (like butterflies)』は、自分自身を愛するようにハグしてあげる「バタフライハグ」というモチーフをテーマにした12楽曲が収録されている。

静かに燃えている あなたの命を
離さないでね 離さないでいてね

『Hug.m4a』

私たちは知っている。遠い国でどんなことが起きていて、しかし、それに対してできることなんてたかが知れていることも知っている。「まほうはつかえない」のだ、と。塩塚モエカはライブのラストにこんなことを言っていた。

「身体を包み込んで、自分自身をハグするようにすることをバタフライハグというらしいんです。私はそのように自分を肯定してあげるような考え方が好き。だから、『12 hugs (like butterflies)』というタイトルをつけて、自分自身をハグしてあげられるような12曲を収録しました。そして、ジャケットにもバタフライハグをしている写真を選びました。今、西武渋谷店には『12 hugs (like butterflies)』の大きなポスターが飾られているんです。バタフライハグを知らないひとが何気なく街を歩いているなかで、ふとそんな価値観に触れることによって、心を和らげたりできるといいなと思っています。頭のなかに刷り込んでいるんです笑」

素朴に自己を肯定するようなことの重要性と、しかし、それだけでは十分ではないかもしれないという逡巡もまた12曲のなかには内包されているような気がする。人間はまほうのつかいかたをまだ会得できていない。そして、正しくつかえるようになる日なんてこないのかもしれない。でも、街を歩くなかで異なる価値観に触れること、これまで知らなかった何かを知ることで動揺し自己が書き換えられようとすること。ルソーの「憐憫」概念のような、自己の内側から他者へ、そして世界へと接続しようと試みること。少しずつ受け渡しながら、バトンをつないでいきながら、漸進的に変化させていくこと、歩み寄ることができること。それも、人間という弱い生き物がつかえるまほうなのかもしれないと思うのだった。演奏が終わり、世界の外側へ出る。今年の大ヒット作である映画、宮崎駿君たちはどう生きるか』もまた「まほうがつかえる」世界からひどく虚しい現実へと戻り、生をつないでいく物語であった。また、音楽が鳴りはじめる。私たちはまほうがつかえない世界でどのように生きていくべきだろうか。

ぼくはどうしたらいい?

『1999』

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