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IVE『I’VE SUMMER FILM』

f:id:You1999:20220818173859j:image生い茂る緑の中を6つの淡く可憐な白が通り過ぎるのを草木の隙間から垣間見る。夢のような柔らかで朧げな情景を目の当たりにしながら、その先に“連帯”といった確かな希望を見届けることさえできるのかもしれない、と思わせてくれるところまで膨らんでいく、韓国の若手作家、チョン・セランとコラボレーションしたIVEのSUMMER FILMが公開された。美しい映像とページをめくるような素晴らしい音楽にのせて、テキストがIVEによって読み上げられていく。

君が笑っていない時
何を考えているのか気になる

君といれば何も怖くない

私たちが喧嘩して泣いてしまう時は本当に憎いけど
そんな時でも君を傷つけたくない

時々君になりたいみたい
君が凄く輝いているから

ずっと一緒にいさせてと願うよ
君と出逢ってから私の願いは
その一つだけ

海をローケーションにしたユジンのシーンから始まり、つづくリズのシーンでは雨が降っているなど、水の循環をイメージさせながら、“繋がっている”という印象を物語に与えていく。列車を使った映像的興奮は作品の品質を高める素晴らしいシークエンスだ。「わたし」と「きみ」の関係を軸にした物語を積み重ね、あなたといれば夏が素晴らしいものになる、世界が変わる!という、いわゆる「セカイ系」とも取れる話となっているのが美しい(チョン・セランは初期にSFを書いていますね)。

君といれば夏が全然違う

テキストを担当したチョン・セランは「皆がつながっているという感覚と、連帯への意識を回復させようとする姿勢がある」として評価された『フィフティ・ピープル』を書いている作家であった。51人*1のも人々がそれぞれの人生を歩んでいく様子を描き、「主人公がいないと同時に、誰もが主人公である物語」を目指した。市井の人たちの機微が折り重なり、編まれ、世界を構成するのだというような、「セカイ」を意識するのは彼女の作家性としてもあるのかもしれない。日々すれ違う人々といかにして連帯していくことが可能になるのか。たったいま目の前にいる「きみ」と「わたし」の関係がセカイへとどう接続していけるのかという問いは、現在の社会問題を接近し、そしてガールクラッシュを緩やかに新定義していくことも可能にさせるかもしれない。

世界を、時間と空間を颯爽と跨って走って跳躍してしまえば、「きみ」と「わたし」の世界は拡張され、また別の世界と結びつくだろうという、時をかける少女レイが走るシークエンスはこのムービーの白眉であるだろう。レイは時間を駆け抜けながら、ユジン、リズ、ウォニョン、ガウル、イソの世界を横断し、IVEを形作る。6人が手を繋ぎ、草原を軽やかに躍るとき、最後に放たれる言葉が「忘れないで」というのもまた、過去を振り返るものとしてある青春という記号をより強く印象付ける。

忘れないと約束して
私たち6人の夏を

これから描いていくものではなく、そうして出来上がるだろう未来のことを、もっと先の未来から過去へと眼差して、忘れないで、と約束する。「きみ」と「わたし」の輪郭がぼんやりとしていき、夢の中に沈んでいくようにページは閉じられる。時間は残酷に過ぎ去っていくけれど、このサマーフィルムはあなたと何度も出逢い直し、大切で美しい世界のことを思い出させてくれるのだろう。

———いつか、だれかすばらしい人物が、わたしの前にあらわれるような気がする。その人は、わたしを知っている。そしてわたしも、その人を知っているのだ……。
 どんな人なのか、いつあらわれるのか、それは知らない。でも、きっと会えるのだ。そのすばらしい人に……いつか……どこかで……。

筒井康隆時をかける少女』114頁

I'VE SUMMER FILM - YouTube

*1:仕上がってみたら50人ではなくて51人になってしまったのだという