昨日の今日

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お笑いとテレビと映画と本と音楽とサッカーと…

大橋裕之×竹中直人・山田孝之・斎藤工『ゾッキ』

竹中直人監督×山田孝之監督×齊藤工監督 共同制作!映画『ゾッキ』予告 - YouTube

誰かが頑張って守ってくれてる秘密のおかげで、世の中はうまく回ってるんじゃないのかな

お姉ちゃんがいるという嘘を訂正できずに、松浦亜弥似のお姉ちゃんがいると言ってしまった牧田(森優作)。そんな秘密を告白する隙もなく、牧田にとって初めてできた友達・伴くん(九条ジョー)はその存在しないお姉ちゃんのことをどんどん好きになってしまう。「死にたい、死にたい」と呟いていた伴くんの想像の中で広がっていく牧田の姉という存在は、その想像力という無限のエネルギーとともにグングン実存を帯びてくる。誰かを想うこと、それはだんだんと「死にたい」ということから逸らしていき、生きる活力を与えてくれる。想いを頭のなかで巡らせるだけでは当然我慢できない伴くんは、雨空の下、「姉ちゃんに会わせてください、それがダメなら、せめてパンツを売ってくれ」と土下座し、懇願する。頼まれた牧田は存在しない姉を存在させるべく、パンツを手に入れるため奔走する。パンツを手に入れるというあまりに可笑しなシーンが切実に愛おしく映し出されるのは、この行為が世界を崩壊させないようにすることと繋がっているからである。伴くんが酷くつまらないと退屈していた世界を一変し、何か生きる価値があるのかもしれないと思わせてくれるものとなったこの世界を、そして、初めての友達・伴くんとの世界を守るべく、牧田はパンツを探し回るのである。パンツを渡し、守り抜いた世界の続きは緩やかに現実と接続されていくために、それを塞ごうと牧田は架空の姉を殺すことによって収めようとする。しかし、牧田と伴くんが作り出した世界は止まることなく、この現実の世界と歪でありながらも奇跡的なバランスで接合することによって、可笑しな美しき涙を流しその愛おしさが現実世界にて昇華されていく。世界に絶望していた少年が別の世界に触れることで、また元の世界を愛せるようになる。そのつなぎ目には多くの秘密が敷き詰められていて、そうであるから引き剥がしてはいけない。秘密である限り、その果てしない空白に可能性を見出していける。そして、空白には隣り合った無数の世界が存在している。コンビニでパンツを買おうとしていた牧田に、あてもなく自転車で旅をしている男の視線が交錯する。ある物語のすぐ隣に別の物語が存在している。それが一瞬重なったり、または全く重なることなく終わってしまうこともあるかもしれない。しかし、私たちの物語の横にはまた誰かの物語が確かに隣接している。そのことは行き詰まった誰かの世界を押し広げて、絶望から救い出し、可能性を与えてくれ、“まとも”といった小さな枠組みをも取っ払ってくれる。

この小さい町にも奇跡はありえる
かなえたい夢など はたしてあったっけ?
俺に
あたまいたいできごとまともがわからない
うそみたいな人たち悪いジョークなんだろ?
まともがわからない
ああう~
まともがわからない
ほくには今
また会いたい人たち また見たい あの場面
もどりたい場所など はたしてあったっけ?
今も
わらえないぜ すべてのことが儚い
まだ見ぬ世界へと誘うようないわゆる
ときめきがたりない
ああう~
ときめきがたりない
ぼくには今

坂本慎太郎『まともがわからない』

『ゾッキ』にはそんな世界を愛せるようになるかもしれない“秘密=ときめき”で溢れている。