“安心できる場所”や“帰る場所”をイメージしたという羊文学の6曲入りEP『you love』は、将来は良い方へ向かうと信じている、というようなメッセージで溢れている。ジャケットには塩塚モエカの子どもの頃の写真が使用されていて、本作の1曲目に置かれ、映画『岬のマヨイガ』に登場するユイとひよりに手紙を送るイメージで紡がれたという『マヨイガ』はそんな未来の存在(子どもたち)を優しく、そして力強く肯定して抱きしめるのだ。未来の他者のために責任を負っているはずである現在の危うさを歌う『人間だった』から、見えないものへの存在にイマジネーションをめぐらせる『ghost』ときたのであるからして、まだこの世界に存在していない未来の他者のためへと歌うのは必然であるようにも思える。『マヨイガ』はこれまでと同様のモチーフを思い描きながらも、未来を歩んでいく存在へのより誠実であり真っ直ぐな眼差しがある。
命よどうか 輝きをやめず
これからの奇跡を全部 僕らに照らしてください
そうしてきみは ありあまる夢を
花束いっぱいに抱きしめて
世界を愛してください 愛してください『マヨイガ』
塩塚モエカの思いは、高木正勝の劇伴を目的に観ているという『おかえりモネ』第69回「離れられないもの」でのモネの父親・耕治の言葉と共鳴している(『マヨイガ』は「おかえり」と始まるのだ)。
娘達だけじゃなく子ども達全員に、どこ行ったって構わない。お前達の未来は明るいんだって、けして悪くなる一方じゃないって言い続けてやりたい
『おかえりモネ』第69回「離れられないもの」
まったく光が見えない暗闇のなかで蹲る誰かにそっと寄り添い、そう語りかける。いまの時代だからこそ放たれなければならないそのメッセージは暗闇の中にすこしずつでも光を差し込んでいく。
『おかえりモネ』は天気予報を通じて人々の役に立ちたいと願い、気象予報士になる主人公・モネの物語である。モネは自然を愛し葛藤しながらも、その土地に暮らす人々が安心して過ごせるようにと空を、海を、森を、そして未来を見つめるのである(天気予報)。本作『you love』のテーマを“安心できる場所”とした羊文学も過去に『天気予報』という楽曲を歌っていて、そのフィーリングは確かに『おかえりモネ』と、また『マヨイガ』ともつながっている。
僕らが憧れた未来予想のその先は
ドキドキするような未来を運ぶかい?
いつか来る時代に憧れた彼らの火を
ワクワクするような未来で繋ぐかい?『天気予報』
未来の他者のために予想するという天気予報を、良き未来を想像することにつないでいく。『あの街に風吹けば』は
(『岬のマヨイガ』の)大人になった主人公が自分の育った岩手に帰って、育った街を見るというのが頭の中にあった
NHK FM『ミュージックライン』9月17日
というイメージを持って制作されたという。『おかえりモネ』の主人公も自分の育った土地に帰って、近くにいる大切なひとを守りたいと思うようになる。未来の他者とは決して遠くにいる存在ではなく、私たちのすぐ隣にいるそんな他者からの延長にいるのである。羊文学はこれまで暗闇で蹲る誰か一人のために轟音で耳を塞いでやり、一緒になって絶望し、それから少しずつ光を、希望を見ることをしてきたのだった。この寄り添うということ、近くにいる大切なひとのことを意識された音楽は『you love』でも同じであって、『なつのせいです』の次に置かれている、よしもとばなな原作、そしてその映画化作品を参照しているという『白河夜船』でも歌われる。
私はね、ひと晩中、眠るわけにはいかないの。だって、もし夜中にとなりの人が目を覚ました時、私がぐうぐう眠っていたら、私の仕事にはあんまり価値がないっていうか、プロじゃないのよ、わかる?決して淋しくさせてはいけないの。[・・・]ものすごくデリケートな形で傷ついて、疲れ果てている人ばかりなの。自分が疲れちゃっていることすらわからないくらいにね。それで、必ずと言っていいほど、夜中に目を覚ますのよ。そういう時に、淡い明かりの中で私がにっこり微笑んであげることが大切なの。[・・・]人はみんな、誰かにただとなりに眠って欲しいものなんだなあって思うの。
よしもとばなな『白河夜船』24頁
誰かに寄り添い、その暗闇をやさしく、落っこちるその寸前でキャッチする。『白河夜船』に出てくる、しおりという不安定ながらも優しい登場人物の姿、思いは、J・D・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』のホールデン・コールフィールドのようであり、羊文学の音楽もまたそのようなフィーリングを確かに携えていると思う。
とにかくね、僕にはね、広いライ麦の畑やなんかがあってさ、そこで小さな子供たちが、みんなでなんかのゲームをしているとこが目に見えるんだよ。何千っていう子供たちがいるんだ。そしてあたりには誰もいない――誰もって大人はだよ――僕のほかにはね。で、僕はあぶない崖のふちに立ってるんだ。僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ――つまり、子供たちは走ってるときにどこを通ってるかなんて見やしないだろう。そんなときに僕は、どっかから、さっととび出して行って、その子をつかまえてやらなきゃならないんだ。一日じゅう、それだけをやればいいんだな。ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。馬鹿げてることは知ってるよ。でも、ほんとになりたいものといったら、それしかないね。馬鹿げてることは知ってるけどさ
『マヨイガ』MVでも、背の高い草を掻き分けて進んでいく塩塚モエカが映し出されている*1。
前が見えず、進むべき方向がわからず、そうなると立ち止まってしまうかもしれない。しかし、羊文学は音を鳴らし、「その先が闇に思えようと行け」と歌うのだ。
行け 行けその先が闇に思えようと
行け 行け 今ここにあなたを信じる場所が
ある『マヨイガ』
もしも落っこちてしまいそうになったら、そのときはしっかりとキャッチしてあげるからと、“安心できる場所”をそこに作り、誰かをそっと抱きしめてあげる。羊文学の音色は、少しずつでも未来を良き方へと軌道修正していく。未来はきっと良くなっていくのだと願いを込めて。
〈追記〉
塩塚「塾の先生から現在形を使うとき、その動作を習慣的に繰り返したり、ずっとその動作をしているというふうになるんだよと聞いたことを覚えていて、you loveの後ろに目的語を置かないことによって、単純に愛するということができるみたいなことを表したかった。能力と素質、canとも違う何か」
ー自分の意志としても愛し続けていくみたいな覚悟も含まれているような意味になるのですかね。
塩塚「覚悟っていうよりかは、人を愛すとか、自分のことを愛すことができるってことは今に限らないんですけど、すぐに忘れてしまったりすると思うんです。そういう素質?そもそも機能なんですかね。難しいですけど、そういうのがあるんだよってことを思い出してもらいたかったり、自分にも言い聞かせたいってことですかね。秘めてるっていうか、忘れがちだけど…!みたいな。
FM大阪『なんMEGA!』2021年8月27日(金)
塩塚モエカがラジオで話していたことは、つまるところ意識されない意識、無意識のことなのだろうか。半意識とか中動態とか、そういうの。そうせずにはいられない人間としての善き生。『小説現代2021.11号』でも「“人は元来、愛し愛される存在”というニュアンスを込めています」とも言及している。愛(赦し)。次作に期待ですね!!!
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