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しおりのなんとなく日常『ドイツ旅行』

f:id:You1999:20220705230150j:imageわたしは最近、『しおりのなんとなく日常』というYouTubeチャンネルにたまらなく魅了されている。このチャンネルは2020年に初めて動画がアップされ、週に1回程度、しおりさんが「女ひとり、はしご酒」をしたり、「宅飲み」をしたりと基本的には「食べるvlog」をテーマに動画投稿されている。先に撮っておいた動画にアフレコで音声がつけられ、そのおっとりほんわかした語り口がとても心地よいのだ。YouTuber的に編集されたあの忙しい語り口とはちがって、「えー、、、」などの間が街の喧騒にすり減らされた精神を癒してくれるとでもいいましょうか*1。そんなしおりさんが日本を飛び出し『ドイツ旅行』に!その様子を動画に収めた4つの動画が最近公開されて、それもまた素晴らしいのです。

羽田→ヒースロー(イギリス)→ミュンヘン→マルクトオーバードルフの旅路の飛行機のなかで、しおりさんが読む本は松村圭一郎『うしろめたさの人類学』であった。この本は他者との関わり合いのなかで、社会や世界が構築されていくという「構築人類学」について書かれた本であり、国家や市場などといった大仰で、もはや個人の努力では変革できそうもないようなことがらに、「うしろめたさ」という個人の感情によって近づき、オルタナティヴな世界の姿を考えようとするものである。

国家や市場は、あくまでもいろんなかたちで連結し、依存し合って存在している。その依存の輪のなかに、「わたし」もいる。[・・・]商品交換を行う市場に身をおけば、誰もが人間関係にわずらわされない無性透明な匿名の存在になるる。でもその市場のとなりに「贈与」の領域をつくりだし、愛情を可視化し、「家族」という親密な関係をつくることもできる。現にぼくらは、そうやってささやかな顔の見える「社会」を構築している。
「世界」のなかに「社会」をつくりだす力。強固な「制度」のただなかに、自分たちでモノを与えあい、自由に息を吸うためのスキマをつくる力。それがぼくらにはある。
松村圭一郎『うしろめたさの人類学』153-154頁

コロナ禍によって世界が分断され、個人個人の間にも線が引かれ、他者との関わり合いが希薄になり、中央に権力が集まっていくことに目を背ける。2年半ぶりに海外の地ドイツに降り立った、しおりさんは、乗るべき電車の場所、バスの乗り方を教えてもらったり、スーパーやホテルのおばちゃんにこのソーセージは食べられるのかと尋ねたり、強靭なパキスタン人の方々に帰路を導いてもらったり、とさまざまな贈与によって助けられ、この暗澹たる世界のなかで、豊かな社会の結びつきを感じ取っていく。そして、ドイツからの帰りの飛行機で、しおりさんはこう思うのだ。

ほんとハプニングばかりの珍道中旅だったんですけど、そのおかげで人の温かみに触れられて、ほくほくしっぱなしな旅だったので、このほくほくした気持ちを日本に持ち帰って、まわりに還元できたらなあ、なんてふうに思っております!

「何かを手に入れたいと思ったら、他人から贈られる他ない。そして、この贈与と返礼の運動を起動させようとしたら、まず自分がそれと同じものを他人に与えることから始めなければならない」(『寝ながら学べる構造主義』161頁)。たくさん食べて、たくさん飲む。しおりさんが日本で過ごす様子“なんとなく日常”がなんにも変わることなく、そのままドイツという土地でも行われていることが素敵であり、ほんわかと世界の優しさにカメラを向けてくれるのがいい。異国情緒に溢れる風景、ジューシーなソーセージ、黄金色に輝くビールといったものに囲まれながら、楽しそうに過ごしているしおりさんをみているだけでも十分に微笑ましく楽しめるビデオである。自由に息を吸うためのスキマをつくる力。それがこのチャンネルの魅力であり、この「贈与」を受け取り、私たちもまたこの優しさを他者へと還元していけるはずである。まずは、初回の動画からぜひ。癒されます。【ドイツ旅行】英語力の乏しすぎる女、ドイツへ行く。【前編】 - YouTube

*1:しおり口調です