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矢野満月『シビは寝ている』

f:id:You1999:20220714191422j:image第81回ちばてつや賞 一般部門賞「大賞」受賞作である矢野満月による読み切り作品『シビは寝ている』はわたしたちに大切なことを考える機会を与えてくれる作品だ。動物の権利、人間と人格、種による命の線引き…などなどいろんなことに思いを巡らせてしまう。

大雨の日に出会ってから11年を共に過ごした大切な“家族”である猫、シビが死んでしまった。マキちゃんはシビを冷凍庫に入れて保管し、「剥製にするから」とタカオくんに宣言する。最初は、へー、と話を聞いていたのだけれど、タカオくんはなんだかモヤモヤした気持ちが浮かび上がってきて、「剥製にしたってシビは生き返らないし戻ってこないんだよ。ちゃんと火葬なり、埋まるなりして供養してあげないと。シビが可哀想だよ」とマキちゃんに投げかけてみる。すると「なんで剥製は可哀想なの?」と質問が返ってくるのだった。

「なんで剥製は可哀想なの?」
「え〜とそれは死体を傷つけたり加工したりするから…かな」
「じゃあさ、死体を灰になるまで焼き尽くしたり、土の中で腐らせて虫や微生物の餌にするのは、なんで可哀想じゃないの?」
「でも、やっぱり生き物は死んだら自然に返すべきだし、それを阻むのはあまりにも人間のエゴなんじゃない?」
「…そうだね、これは私のエゴだね。シビを家に連れてきたのも。外に出ないように閉じ込めたのも。嫌がるシビに無理やり注射したり、薬飲ませたりしたのも。全部私のエゴだ。だから、私は最後まで私のエゴをつらなく」

その後、議論は平行線をたどり、マキちゃんは「シビといっしょに家を出ていく」と告げて、寝室に行ってしまう。翌日、タカオくんが「飼っていた猫が死んでしまって(泣いていたんです)」と店長に話すと、店長は「猫⁉︎あー…ハハッ猫が!猫がね〜」と言い、また同僚が「いますよね、ペットが死んだから仕事休みますとか言うやつ。所詮ペットなのにそこまでするか?って。異常ですよ」と話しているのを聞いてしまう(店長と同僚の顔が見えないという描き方が匿名としての社会を描いているのだろうか。不気味である)。ペットの法律上の地位は基本的に「物」として、扱われており、だからこそマキちゃんの言うようなエゴが通用するのであって、自由を制限したり、無理やり注射したり薬を飲ませたり、つまり飼うことができるのだ。しかし、たかがペットと軽んじられるものでもなく、幸せも悲しみも共有してきた“家族”であることに変わりはないだろう。

共感できないからって、人の気持ちを否定していいわけないですよね

そして、わかりあえない存在がそれでも少しずつわかろうとしていく共同体こそが、家族であるのかもしれない、という終盤の展開は感動的である。たくさんのこと言い争って、日々を積み重ねていくラスト。そんな2人のすぐそばで、シビはこれからも“寝ている”のだ。剥製、エゴ、ペット、家族、考えるべきことはたくさんありますね。シビは寝ている - 矢野満月 / 【コミックDAYS読み切り】シビは寝ている | コミックDAYS