2018年に小学館漫画賞(一般向け部門)を受賞し、アニメ化もされた『恋は雨上がりのように』という瑞々しい作品をこの世にドロップした眉月じゅんによる新作『九龍ジェネリックロマンス』が素晴らしい。ウォン・カーウァイのような質感を含んだSF×ラブコメディの融合作品である。
舞台はかつて香港にあった九龍城砦をモチーフにしたクーロンという街。建物はどこか薄汚れていて、入り組んだ街並みに絡まるようにノスタルジーが浮遊している。そんなクーロンにある不動産で働く30代男女のラブコメディ。先輩社員に恋をしている後輩社員。なかなか縮まらない心の距離をたっぷりと見せたあとに、ググッと身体的な距離を接近させるなどによる緩急は抜群でして、そのあとの1コマの脱力も完璧という絶品。恋をする主人公の目はあまりにも輝きすぎて少しくらっとしてしまうほどである。そして、あっ!これは『恋は雨上がりのように』オマージュではないか!というようなシーンも挿入され、眉月じゅんファンには極上の出だし。前作の水を用いた瑞々しさや不自由さも今作にも巧みに落とし込まれている。ゆっくりと、しかし着実に物語の体温や匂いを感じさせてくれ、世界観の深いところまで連れていってくれる。と、ここまでは、なんだかありきたりなように思えるかもしれないのだけれど、ここにSF(非日常)があくまでも日常に寄り添うように合わさっている。上空には人類の新天地だというジェネリック地球(テラ)と呼ばれる物体がなんともなしに配置され、ジェネリックグッズが街では大評判。クーロン街の周りが少し不自然なほどに整頓されているのを見せてくる俯瞰したショットもSFを孕んでいそうである。そして、先輩のデスクから、自分とよく似た別人が微笑む写真を見つけ、ラストの2コマで現在いる場所とは異なる別世界の存在を予感させる。そのもう一方は酷く枯れ果ている不安定さ。キラメキが溢れた日常に、すっと横並びに存在する非日常が絶えずつっかかるという、読者を掴んで離さない技も冴えわたっています。
裏表紙にはこう銘打たれ、“ノスタルジー”、“ジェネリック”をキーワードに、いろんな想いや空間が混在する本作。ひとまず新刊を待ちましょう。
ときに、『恋は雨上がりのように』テーマソングが『フロントメモリー』であったように、『九龍ジェネリックロマンス』での2人のテーマソングは
『C'm'on Let's go! 』だそうです*1。
誰もが さっきから こっち
気にしてるんだもの ずっと…