昨日の今日

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北川悦吏子『ロングバケーション』

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(南)いつになったら出番が来るんだか。何やってんだろわたし。1日パチンコやってた…。

(瀬名)ねえ、こういうふうに考えんのダメかな?ながーい、お休み。

(南)長いお休み?

(瀬名)俺さ、いつも走る必要ないと思うんだよね。あるじゃん、何やってもうまくいかないときって。そういうときは、言い方変だけど、神様がくれたお休みだと思ってさ、無理に走らない、焦らない、頑張らない、自然に身を委ねる。

(南)そしたら?

(瀬名)…良くなる

(南)本当に?

(瀬名)多分…

(南)多分…笑

白無垢の姿で雑踏の中を走りまくったり、スーパーボールをマンションの3階窓から地面に向かって投げたりという唯一無二のドラマメイクによって、観るひとの羨望を集めてしまう『ロングバケーション』(1996)。24年も前であるのに、いや、むしろそうであるからこそ何もかもがカッコよく見えてくるのだろうか。赤いフォルクスワーゲンゴルフ、ファッション、室内を彩るインテリアなどが絶妙に今にもとどく。どこかテンションの高いストーリーに乗っかって山口智子の限度を超えた無邪気さがとにかくキュートである。そして、その相棒が24歳の木村拓哉なのだ。しかし、この物語に登場する木村拓哉は常套のカッコいい彼ではなくって、丸みを帯びた視線やバスケのシュートを1発で決めることなんてできない、なよなよとした雰囲気を抱えた木村拓哉であるのがいい。

バブル崩壊からおよそ3年ほどの1996年。下がっていく一方のなかで、“恋愛”に自らのアイデンティティを見出していくかのように、ストーリー全体を通して何よりも重要なことは恋愛感情の推移であり、ひとりじゃないということを確かめるというシンプルなものである*1。であるから最終回でのお互いの名前を呼び合うシーンがより印象的にこびり付くのだけれど、そこに至るまでの道程はどうもドラマチックではない。なが〜いお休みの期間において何かが起こるロケーションの数はあまりに少ないのである。ルームシェアをしている自宅や行きつけのラーメン屋、そしてクラブ。この3つがほとんどなのであり*2、そりゃあ、恋を阻む何かに出くわしても不思議ではないと笑ってしまうほどであるのだけれど、そこにツッコミを入れながらも物語に没入してしまうのは、このはちゃめちゃなドラマらしいドラマを観たくて月9を観るんだという熱を抱かせてくれるからだろうか。

物語始まりの白無垢での走りは、物語ラストで誰かの手を握り締めながら走る姿に結実するわけなのだけれど、この並んで走るまたは歩く、ピアノを弾くという位置関係や運動から決して完全ではないものの、人間の横並びの誠実な美しさをショットに収めようという気概が見えるような気がするのだ。f:id:You1999:20200516031324p:image2人が白シャツと黒いパンツを身につけ颯爽と歩くこのシーンが個人的にとくに好き。『ロングバケーション』は恋愛ドラマであるが、スクラップアンドビルドを繰り返す東京という都市の片隅を歩く物語でもある*3。第1話のファーストカットには川が中心に映し出され、その川が流れる都市を南が走るのだ。変わっていく都市と変わらずに存在し続ける水が流れる東京というものを20年以上前の視点で見せてくれる。映像作家・山田智和は水について

水の「揺らぎ」みたいなものがストーリー以上に「ストーリー性」を持つ瞬間があって。そういうものをずっと追いかけていた気がします。

水って、角度によっては危ういし、美しいところが好きですね。

と話していた*4。そう考えると、『ロングバケーション』の大切なシーンはどれも川(水)のそばであったように思う。水は永遠であり、そしていつまでもストーリーを形づくるのだ*5。とりわけ物語を絶えず支えるサウンドトラックが素晴らしく、OP*6や良きところで流れる『LA・LA・LA LOVE SONG』が本当に楽しい。

ファッション、劇伴、役者の大仰さでもってシンプルなメッセージを放つ、底抜けに楽しい今作を私はこれから何度も観ていくのだろう。

 

*1:企画の段階での題名は『Best Friend~ひとりじゃないってば~』であり、好きと言わない、ディスコミュニケーションの感じはここからきているのかもしれない

*2:それか、相手の家に突撃すると、偶然見たくないものを目撃してしまうなど

*3:瀬名と南がルームシェアをするビルの近くも再開発のために空き地になっている。北川悦吏子はロケーションとして3階のビルと川の近くを要求したらしい

*4:『映像作家・山田智和の時代を切り取る眼差し。映像と表現を語る』https://www.cinra.net/interview/201903-yamadatomokazu

*5:2019年の水は新海誠『天気の子』でありました

*6:OP映像が馬鹿馬鹿しくて好き。2019年8月18日放送『ボクらの時代/山口智子×リリー・フランキー×大根仁』で大根仁は「『ロングバケーション』に出ている登場人物はみんな調子に乗ってて好き」と言っていた