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『おぎやはぎのメガネびいき』2021年7月15日〜22日『ミドリガメとハツミ』とエトガル・ケレット『あの素晴らしき七年』

f:id:You1999:20210726233347p:imageおぎやはぎのメガネびいき』で2週にわたって展開されたミドリガメとハツミのお話がとても面白かった。

明日って暇?

と誤送信を装い、個人情報を引き出そうとしてくる迷惑メール。無視することなく対話を重ねる矢作さんはミドリガメと名乗り、相手はハツミと名乗る。仕事の話、お休みの日は何をしてるか、温泉の話、旅行の思い出、ロンドンで幽閉されたこと、海外の衛生面のこと、お父さんの経営する会社で働いているがミスばかりしていることなどなど、いろんなことを話すのだ。そのほとんどは全くの嘘であって、架空のことであって、でもしかし、ここにはもう取り戻すことのできない善きインターネット空間があるようにも思えるし、匿名による言葉が紡ぐ幸福な時間が存在している。二人の言葉の往復によって新しい世界が作られて膨らんでいくのだ。二人の奇妙だけれども、どこか暖かくて豊かなやりとりの細部についてはどうにか各人で探して聴いてみてください。めちゃ楽しいので。しかし、やりとりの平穏は「お兄ちゃんが交通事故に遭った…」というハツミからのメールでもって突如として終わりを告げてしまう。ハツミがどうにかこうにか怪しげなチャット空間へと誘導してくるときになって、少しずつ築き上げられてきた関係性はあっという間に無化されてしまうのだった。それでも強引に登録制のチャットを勧めてくるハツミに、「免許証を写メして欲しいんだけど、いい?そうすれば本当に信用するから…」とミドリガメは尋ねる。しかし、

矢作「そこから、もうメールこない」

小木「ああ〜」

矢作「これでほんとに嫌われちゃった」

小木「嫌われちゃったね〜いや〜そこはもうダメだったんだ」

矢作「免許証のね、写メは絶対ダメだ」

小木「それ言っちゃいけないやつね、それはみんなも聞いた方がいい」

矢作「ははは笑笑」

小木「免許証は聞いちゃダメ」

矢作「これでほんとにもう終わり、この恋は」

存在しないはずの世界と世界が接近して、ゆるやかにまた新たな世界が生まれそうになった瞬間、それは散り散りになってしまった。ありもしないものに想いをめぐらせ、寂しくなっている矢作さん。人間のそんな愛しい想像力の果てにある結末がたまらなく愛おしいのだった。

ミドリガメとハツミのやりとりから、ふとエトガル・ケレット『あの素晴らしき七年』に収録されている「コール・アンド・レスポンス」という短編を思い出した。

この短編は衛星テレビ会社YESのテレマーケターから電話がかかってくるところから始まる。思慮深げな声色で気分を探ってくる彼女に向かって、エトガル・ケレットは

「実を言うとね、ほんの一分前に穴に落っこちちゃって額と足にケガをしたんだ。だから今はいいタイミングではないな」

と投げかける。すると、テレマーケター・デヴォラはこう食い下がる。

「わかります。ではいつ頃がお話しさせていただくのに都合がよろしいでしょうか?一時間後はいかがでしょう?」

「どうかな」と僕は答える。「落ちた時に足首が折れちゃったようだし、この穴はとても深い。誰かの助けなしにはここからでられそうにない。だから、救助隊がどれくらい早くここに来てくれるか、それからぼくの足をギプスで固めるかどうかによるな」

「では明日お電話差し上げた方が良さそうですね」と彼女は慌てることもなく提案してきた。

エトガル・ケレットは了承し、隣にいた妻から少しばかり叱られるのだ。翌日になって、予定通り電話がかかってきたので、また作り話を始める。

「実はねえ、足に合併症が起きてしまったんだ」とぼくははっきりしない声で呟いた。「しくみはわからないんだけど壊疽が起こってる。今まさに切断するって時にきみから電話が鳴った」

「ほんの一分前ほどですよ」と、彼女は勇敢にも食い下がった。

「悪いね」とぼくは続けた。「もう鈍痛剤を打たれていてね。病院の先生がケータイを切れって合図している。消毒していないからダメだって」

「では、また明日電話しますね」とデヴォラは言った。「手術がうまくいきますように」

エトガル・ケレットはまた大仰な作り話によって、デヴォラを退けようとするのだけれど…とこのあとは実際に読んで確認してほしい。虚と実が絡まり世界を浮かび上がる。そんな可笑しさが対話の中にあるはずなのだ。