イエスタデイをうたって
イエスタデイをうたって
イエスタデイをうたって忘れられない言葉さ 悲しそうな瞳で
悲しそうな くちびるでイエスタデイをうたって
イエスタデイをうたって
イエスタデイをうたってあの娘は僕に イエスタデイをうたってと
言った
1988年に連載を開始した冬目景『イエスタデイをうたって』をアニメ化し、90年代の風景を頼りない線と質感、匂いでもって描ききった本作。12話かけて、過去の記憶に凭れがちな登場人物らの恋愛、仕事、夢、将来などの日常的な要素を丁寧に救い上げ、「愛とはなんぞや?」と恥ずかしくなってしまうような言葉に真剣に思考を巡らせていく。あらすじを簡単に言ってしまえば、天真爛漫な野中晴(宮本侑芽)とナイーヴな森ノ目榀子(花澤香菜)との間で揺れる主人公・魚住陸生(小林親弘)がどちらと結ばれるのか、といった全く単純なものである。シンプルであるからこそ要求されるものは多いだろうが、まずもって声優陣がいい。花澤香菜の誰もが恋してしまう繊細で透き通ったボイスは言わずもがな、『SSSS.GRIDMAN』宝多六花や『id:INVADED イド:インヴェイデッド』カエル/ 飛鳥井木記を演じて、キュートな魅力を放っていた宮本侑芽は抜群であって、小林親弘は『BEASTARS』レゴシのそれのように、悩める青年男子の枠を確立している。現代的な背筋の丸さをもつキャラクターの全てを小林親弘に託してしまいたいほどである。そして、榀子がかつて想いを寄せていた人物の弟として登場する早川浪には花江夏樹という見事すぎるキャスティング。
『イエスタデイをうたって』はロマンスの物語であり、忘れられない記憶の物語でもある。もういないあの人の背中、落とし物を手渡した冷たい掌、不確かな恋の残像、誰かへと向けられている憧れた人の視線など、いろんなものが誰かの心の隙間に忍び込み、後ろを振り向かせる。
恋愛なんて、ただの錯覚なのに…。
もはやその美しい記憶すら錯覚に成り果て、何に後ろ髪を引かれているのかもわからなくなって、しかし、それと同時にそんなことはわかってもいるのだけれど、少しの期待を手掛かりに足踏みをしてしまう。その期待というのが、緻密に挿入される日常的な動作からもたらされるリアリティでもって描写され、錯覚すらしてしまう淡い記憶をそこに存在させている。第1話の冒頭から丁寧な描写が細部に行き渡る。目覚まし時計が鳴り、散らかった部屋のカットが映し出され、壁には趣味の写真が貼られる。布団から手を伸ばしてアラームを止め、呻きながら温もりを飛び出して朝の支度を始める。そして第1話のわずか6カット目である畳の縁を越えるところ。縁が描くライン上には固定電話がドシッと居座り、それを陸生が跨いでいく。そう、本作は立ち止まること(固定電話)を越えていく物語であることが、暗に示されているのではないか。
そしてそれは最終話に結実する。電車の席に座り込んだ陸生は、じいっと動かずに悩み続ける。また、それと同時進行的に電車は走り続けるのである。この悩んで立ち止まった時間が電車の運動によって前進していくさまが感動的だ。悩み、立ち止まり続けていても、それでもほんの少しづつでも前には進んでいる。立ち止まった時間を越えていくのには、悩み立ち止まることが必要だった、そしてそれは立ち止まってなどいやしなかった(ちゃんと前に進んでいる)という、なんとも優しく力強い着地である。ラスト、陸生のこんな台詞で締め括られる。
ごちゃごちゃ考えたり、昨日を振り返ったり、それでも、くだらない俺たちの日常は続くのだ。
地味で、停滞感の満載な本作であるけれど、そんなストーリーはきっと立ち止まっている誰かの支えになって寄り添い、グッと勇気づけるのだ。
ユアネス-yourness-「籠の中に鳥」Official Music Video【アニメ「イエスタデイをうたって」主題歌】