昨日の今日

KINOUNOKYOU

お笑いとテレビと映画と本と音楽とサッカーと…

前田弘二『まともじゃないのは君も一緒』

f:id:nayo18858:20221103122629j:image漫才である。相手が話せばそれに疑問を持ち、ツッコミをする。また話せば問い返す。会話の応酬に次ぐ応酬。間髪入れずにテンポ良く入り乱れる言葉、言葉、言葉。まさに、しゃべくり漫才映画である。冒頭、女子高生5人による井戸端会議は今年、2021年の『M-1』準々決勝まで進んだダウ90000のようであったし、会話の気になるところどころで一々尋ねてしまうのは同じく準々決勝まで進んだ、わらふじなるおのようであった。普通でないものを笑ってしまうことで包み込んでしまえる人間賛歌としての漫才、コントなどのような要素に満ち溢れた映画なのである。

「ねえ聞いた?西高の柳くん、2組の君島と付き合ってるんだって!」
「え?マジで?待って、あいつの可愛さわかんないんだけど」
「それな」
「私はブスだと思ってるけどね」
「いや、それ!」
「ああ〜電車の楽しみマジでなくなった〜」
「あのブス、マジで許せないんだけど」
「え、ありなくない?」
「ありえない」
「なんで?」
「マジ、ブスだよね?」
「すぐ振られるでしょ」
「ねえ、そこにいるよ、ブスが」

「ご飯食べに行っただけだよ、もう授業始めても…」
「ご飯ってどこに?」
「“先生がいつも行ってる所に行きたい”って言うから、近所の定食屋に」
「いつも行ってるとこってそういう意味じゃないでしょ」
「そういう意味じゃない?」
「いい?いつも行ってるとこっていうのは、先生が毎日ご飯食べてるような定食屋じゃなくて、友達とかと飲みに行ったりするようなとこ」
「友達と飲みにいく?」
「だからもうちょっと説明すると、“先生っていつもこういう所で飲んでるんだ”とか言いながらさ、大人の雰囲気を味わえるようなとこ」
「その食堂、大人しかいない店だよ」
「なんでデートでミックスフライ定食食べなきゃいけないの」
「僕が頼んだのはコロッケと唐揚げの相盛り定食で、彼女は日替わり定食Bの…」
「どっちでもいいから」

漫才「ブス君島への妬み嫉み」、漫才「本質的に違う新しい生き方」、漫才「普通のデートで行く店とは?」、コント「女の人を誘う練習」と続いてスーツを着込んだ大野康臣(成田凌)はスーツの次は相方だ!と戸川美奈子(泉里香)を落とすために秋本香住(清原果耶)の恋愛指南を受ける。漫才「食器屋にて」の始まりなんかは「お前は投資会社をやってくれ、俺が妹やるから」という具合である。ここでの行きは上り坂、帰りは下り坂というのは舞台に上がる/下りるというようであり、雨が降る/止むというのは漫才を観終えた後の観客の心情のようでもあるのがいい。そう言うメタファーとして観てしまおう。初めてのステージに立った2人の会話はさらにテンポ良く駆動していき、その勢いままに大野の口から「僕には君が必要なんだ」という言葉が飛び出してしまう。その言葉、さらに同級生・君島との

「多分、立ち位置が変わったからじゃない?」

会話によって、予備校の机を挟んで向かい合っているのではなくって、同じ方向を向き横並びにいる、隣り合うことの方が多くなっていることに香住は気がついていく。まさに漫才師!しかし、大野は当初の目的どおり、美奈子の隣に並んでしまう(大野が初めての食べものを見るたびに、泉里香がカウンターの大将に向けてチラッと投げる微笑みが良い)。しかし、「隣り合う」という関係性は男女の関係に進んでいくにあたって、「向き合う」という関係へと変化していき、その過程に何か邪悪なものを見出した大野と香住は、「普通でない、正しい2人」による「向き合い」方を模索しようと、ここで冒頭の予備校での「向き合」って座るというものがもう一度帰ってくる。

「そんなこと普通にあること…」
「普通なんかどうでもいい!」

そんなの全然普通じゃない!
君もなんでそんなに平気な顔をしてるんだ
もっと怒れよ!

2人はとりあえずの最後の決着をつけたあとで、森の中に行き、身体は前を向いたままで話し始めるのだった。ラスト、隣り合う2人は、山を登りステージへと上がっていく。さて、どんな漫才を披露してくれるのでしょうか。