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イシグロキョウヘイ『サイダーのように言葉が湧き上がる』

f:id:nayo422:20240428161601j:image四月は君の嘘』のイシグロキョウヘイによるオリジナル作品である。鈴木英人わたせせいぞう、永井博といった80年代を代表するイラストレーターを意識し設計された魅力的な背景のなかで動き回るキャラクターが愛おしい。さまざまな人がいるショッピングモールという場所で出会う2人が惹かれあっていくという舞台設計や、ぐいーんとなめるように映し出される田園風景、良きところで通り過ぎる鳥たち、スケボーのダイナミックな動き、杉崎花のあまりに魅力的なボイスアクト!(なんというキュートさ!これまでに『思い出のマーニー』、『メアリと魔女の花』しかやっていなかったなんていうのはあまりにも不思議なことであるし、これからは声の演技での活躍も増えそうである)、牛尾憲輔の劇伴など、『サイダーのように言葉が湧き上がる』は夏を代表するべき傑作映画誕生といった具合である。

「俳句って文字の芸術なのに、声に出して詠まなくても」と言うチェリーは誰に読まれるでもない俳句を画面に打ち込む青年である。人と接することを遮断し、基本的には俯いている。そして、矯正中の大きな前歯がコンプレックスであるスマイルはマスクをしながらも動画配信サービス「キュリオ・ライブ」で配信する大人気の現役JK配信主であり、いつも画面を見上げるようにしている。チェリーは下を向き、スマイルは上を向いている。この2人の視線の向きは物語の最終場面でも変わることはない。チェリーは櫓に立ち、マイクを握る。下を見つめ、どこかにいるであろうスマイルに向けて、俳句を声に出して読む。まさに、“サイダーのように言葉が湧き上がる”という瑞々しい瞬間である。一方、スマイルは櫓に立って言葉を放つチェリーを下から見上げるのだ。このときになって、声に出して俳句を詠むことができるようになったというような青春映画らしい“成長”のモチーフを思い浮かべてしまいそうになるのだけれども、本作では、彼らの眼差しの角度は変わらなかったのであり、つまり、“そのまま”でもたしかに想いは伝わるのであるといったところが感動的なのである。車窓から眺めた

やまざくら かくしたその歯 ぼくはすき

という文字はまさにそのことを示しているのであるし、最初からそこに存在しているといったイメージは、街の至る所に書き込まれている言葉がそのままそこに存在していることや探し回っていたレコードが実は身近なところにあったといったことなどと繋がっていく。本作ラスト、チェリーが耳からヘッドホンを外し、スマイルがマスクを外すことができたのは、青春映画の成長の物語の決着としてではなく、そのままの個人てして受け入れられたからということなのである。であるからして、これまでに蓄積された俳句にいいねがつけられるのであるし(SNSを巧みに用いた分割画面での離れているひとの確かなつながり!これはTVアニメ『映像研には手を出すな!』ラストシーンとも共鳴するものであるし、アニメーションへの信頼というものがここで共鳴している)、ヘッドホンつけてないねとスマイルに問われたときに、照れながら「必要ないし」と呟いたチェリーの場面は、みんなが花火を見つめるなか、2人だけが視線を交えるといったシーンとも引けを取らない美しいシーンなのである。サイダーのように言葉が湧き上がらせながら、花火を打ち上げるように、俳句を叫んでいく、「ありのままでいいじゃないか、大切な想いは 絶対消えない」というラストシーンは今年一の輝きなのである。

サイダーのように言葉が湧き上がる
あなたに伝えたいんだ
ごちゃ混ぜなままでもいいぜ
この気持ち 真っ直ぐに ほら飛んでいけ!
サイダーのように言葉が湧き上がる
あなたに伝えたいんだ
ありのままでいいじゃないか
大切な想いは 絶対消えない

never young beach『サイダーのように言葉が湧き上がる』

もちろん、大貫妙子『YAMAZAKURA』も最高。


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