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大石静『あのときキスしておけば』第1話

f:id:You1999:20210507235643j:image今年、2021年4月スタートのドラマは面白いものがとても多いのだけれど、数多くのヒットを飛ばしている貴島彩理プロデューサーが「松坂桃李さんとこんなドラマをやりたい」と温めてきて、大石静の脚本によって実現したテレビ朝日金曜ナイトドラマ『あのときキスしておけば』もまた期待に応えてくれる優れた作品である。

“スーパーゆめはな”で働く桃地のぞむ(松坂桃李)は特にこれといった目標や夢などもなく、なんともなしに日々を過ごし、漫画 『SEIKAの空』を読むことだけが救いの青年である。生きることに少し不器用な彼は、運んでいたトマトは地面にぶちまけてしまうし、クレーマーへの対処なんていう所業は上手いことできるわけがないのであった。地面へと落下したトマトの赤が、『SEIKAの空』の漫画家・蟹釜ジョー(唯月巴(麻生久美子))のコートへと入れ替わり、クレーマーを撃退してくれることへと繋がる冒頭のエピソードは本作の構造を示唆しているのだろう。そして、そのスーパーでの出来事をきっかけに桃地のぞむと蟹釜ジョーの不思議な交流生活が始まることになるのだけれども、それがなんと微笑ましいことか。スーパーのバイトが始まる前にゴミ出しして、終わったら掃除と買い物、ときどき料理をする内容で1日5万円という契約を交わした桃地は、蟹釜ジョーが漫画執筆をする環境を整えることに奔走し、様々なわがままに応えてみせる。松坂桃李の圧倒的に従順な犬っぷりには幸福が詰まっており、観ているこちらも思わずニヤけてしまうほどである。また1番に『SEIKAの空』最新話を読むことができるという好条件もついており、桃地の『SEIKAの空』への熱烈な愛は蟹釜ジョーのナイーヴな心を慰めていく。麻生久美子のわがまま漫画家キャラクターもめちゃ良いしで、キャスティングもバッチリとハマっている印象だ。

すっかり桃地のことを気に入ってしまった蟹釜ジョーは沖縄旅行へと連れ出すことに決める。しかし、そこに来て、冒頭でのトマトの落下が暗示していたように、桃地と蟹釜ジョーを乗せた飛行機は墜落してしまうのであった。桃地はなんとか無事に助かったのだけれども、蟹釜ジョーは亡くなってしまう。しかし、たまたま隣り合った席に座っていた田中マサオ(井浦新)と入れ替わり彼の身体を借りることによって再び桃地の前に現れてみせるのだ。落下したトマトは死に、その赤と入れ替わるようにして桃地の前に現れたように。ここにきて、蟹釜ジョーの身体は死んでしまうのであって、第1話にしてあまりに悲劇的であるように思えるのだけれども、その悲しみを井浦新のコメディ演技が簡単に塗り替えてしまうのがいい。

私よ…巴…蟹釜ジョーよ…どうしよう桃地…気がついたらこんな姿になってたの…

と涙ながらに訴えるシーンは悲劇であり、とても深刻なものであるのだけれども、涙し小刻みに震える井浦新、そのおじさんを全くおかしな狂人を見るかのように困惑する松坂桃李の見開いた目には、思わず笑ってしまうのであり、しっかりとラブコメディへと振り切ってしまうバランスも良い。『あのときキスしておけば』は今期乱立する秀作ドラマの中でも必見なラブコメ作品なのである。