昨日の今日

KINOUNOKYOU

お笑いとテレビと映画と本と音楽とサッカーと…

Netflix サイモン・ストーン『時の面影』

キャリー・マリガン、レイフ・ファインズ出演『時の面影』予告編 - Netflix - YouTube 第二次世界大戦直前のイギリス。町の地主エディス・プリティが長年気にかかっていた塚の発掘をしてほしいと、経験豊富なアマチュア考古学者バジル・ブラウンを雇うところから本作の物語は始まる。街には軍服を着た若者たち、「1年後にはこの世にいないかも…」と恋人に囁く男、「ボールの色が黄や緑は毒ガスで赤なら爆発物です。赤の縞模様は焼夷弾。外にいる時に空爆が始まったら、爆弾を見極めて適切に行動してください」と叫ばれるアナウンスがある。病院へと向かったプリティは、子供の頃の高熱のせいで心臓弁膜が損傷していること、そして修復不可能であり、治療法はないこと告げられる。

本作には幾つもの「何もできない」という人間個人としての無力さが描かれる。病気を患ったプリティは抗いようもない、またその息子ロバートは母親に何もしてやれないことで苦しむ。老朽化した飛行機での訓練によって墜落してしまったいつかの自分を見つめてもなお、ローリーは命令に従うしかないと戦争のために招集され、任務に就くことになる。人間個人の力はあまりに無力で、より良い方向へと軌道修正する力もないままに、様々なことが理不尽な力でもって押し進められていってしまう。そうであるから、バジルは掘り続けるわけである。地道な継承にこそ意義があり、その果てに世界が、人類が良くなっていくことを信じているから。一旦、掘ることを諦めそうになったバジルが、妻からその言葉を受け取るということ、採掘する方法を彼の父と彼の前の祖父から教わったということが、受け継ぐということが重要なモチーフとして描かれているなによりの証左である。

発掘は過去や現在ではなく未来のためなんでしょ、次の世代にルーツを伝えるのよね、未来の人と祖先を繋げる仕事でしょ?だから戦争が近づいても掘り続けている、意義があるから、戦争より永劫の価値があるから

過去を掘りかえしていくというロマンの一片を見せながらも、そこにあるのは未来への祈りだ。そして、真っ直ぐに貫かれる“時”のライン*1の一部である私たちは面影として、世界を形作っていく。

プリティ「人は死ぬわ、死んで朽ちる、消え去るのよ」

バジル「それは違う、洞窟の壁の手形から続いている。私たちも悠久の時を一部です。だから…消え去るわけではない」

人生は一瞬よ、私も学んだ、大切にすべき瞬間がある

カメラを向けるローリーの動機がその瞬間が過去になってしまう前に写真に捉えておきたいというのもいいし、マイク・エリーの撮影による雄大なロケーションと陽光に包まれる美しいショットの数々はまさにその瞬間をおさめるローリーと共鳴している!

本作のラスト、ラジオがドイツのポーランド侵攻、そして戦争が始まることを伝え、人々が抱き合い、バジルがせっかく掘り当てたサットン・フーの宝を埋めるところで終わるシーケンスのもたらすもどかしさと不安が簡単に画面を覆ってしまう。

考古学は、わたしたちがどうして似ているのか、なぜ違っているのかを説明する手助けをしてくれる。そして、わたしたち人類がこれまでどうやって順応してきたかを教えてくれる。うしろをふりかえって過去を見つめることが、この先の未来を見とおす力をあたえくれる。

ブライアン・フェイガン/広瀬恭子=訳『若い読者のための考古学史』

私たち人間が似ていること、違っていること、どうやって生きてきたのか、そういうことを振り返らずに、掘り当てた今ある大切なものをまた埋めなければならないこと、本作の始めでバジルが空を見上げると鳥が飛んでいたのに対して、最後には戦闘機が飛んでいること、そのなかで希望を次へと託していくバジルの姿には暖かさを見ることができるように思うのだ。

 

*1:ドゥニ・ヴィルヌーヴ『メッセージ』!