平「朝顔にもそういうところあると思うよ」
朝顔「私に?」
平「うん、つぐみにもある、優しいよあの子も」
朝顔「だったら嬉しいなあ、そしたらさ、つぐみが子供を産んだら、その子にも受け継がれんのかな、お母さん要素」
平「ばっちりいくでしょ」
朝顔「お父さん、じいちゃんから受け取った歯、ちゃんと調べることにした、どんな結果になったとしてもお母さんだったって伝えようと思う」
平「わかった…朝顔、今言ったこと、これに書いといてくれないか。おかしいだろ、こんな大切な話なのに忘れちゃうかもしれないんだ…最近お父さん全然ダメなんだ、今何時とか今何曜日とか、時々わからなくなる。ちょっと前の話もすぐ忘れちゃう。だんだん自分が変わっていくみたいなんだ」
朝顔「お父さんはお父さんだよ」
平「でも、前のお父さんとは違うよ、朝顔ごめん、ここに」
朝顔「わかった」
3.11の寒いあの日。必死に逃げながらも、自分がつけている手袋を必要な人へと手渡した母親のその優しさを思い出しながら、平はそれは朝顔にも受け継がれていると言う。そして、つぐみにも。誰かがいなくなってしまっても、その人が持っていた優しさを誰かが覚えていれば、誰かが受け継いでいてくれれば、そんな願いが果たされることは有限である人間の生の喜びを見つけたに等しい。母親への唯一の手がかりである歯を調べることにすると朝顔が打ち明けると、平はそれを紙に書いて残して欲しいと返答する。覚えていることが困難になってきたのだと。そして、これから迷惑をかけてしまうし、なによりもう以前の自分ではなくなってしまうのだと。それでも朝顔は何度も「お父さんはお父さんだよ」と繰り返す。
美幸「こないだごめんね。私、部外者なのに勝手なこといってしまって、ごめんなさいね」
朝顔「いえいえ気にしないでください、美幸さんにお父さんの介護できるの?って言われたとき確かにそうだなあって思ったんです、そろそろちゃんと父のこと考えていかなきゃなって、どんなふうになったとしても父は父ですから」
平「お父さん、朝顔たちに迷惑かけたくないんだ。でも、絶対かけることになる。これから先、もっともっと迷惑かけることになるんだ」
朝顔「そうかなあ、迷惑だって思わないよ、だってお父さんはお父さんだもん」
その人が忘れてしまっても別の誰かが覚えていれば、その存在は確かに残り続け、いなくならない。そして、誰かがしっかりとその意思を受け取っていく。その幸福な継承のモチーフを具現化したような母親・里子が奏でるピアノの音が収録されているカセットテープ。そしてそれを家族で聴くシーンのあたたかさ。
親が生きてくれているって、子どもが生きていてくれるってすごいことだよ
奇跡としか言いようのない、その継承と今その瞬間が濃密に閉じ込められていく。私たちは誰かを想うことで生きていける、そんな想いが暗闇を進む光にもなる。暗闇の中をゆっくりと、しかし着実に進んでいくとき、折坂悠太の新曲『鶫』が感動的に響くのである。
ほらね ごらんよ 夜が明ける