日本テレビ水曜ドラマの『リモラブ』がおもしろい。上から目線でひとを食べものに例えるクセがあるという産業医・大桜美々(波瑠)*1が声も姿も見たことない存在(檸檬さん)にSNSを通して恋に落ちてしまうというストーリーなのだけれど、水曜の深夜に心を癒してくれるドラマとして抜群なのだ。軽やかな劇伴と登場人物の語り口に安心しきってしまう。朝鳴肇(及川光博)、青林風一(松下洸平)、五文字順太郎(間宮祥太郎)の人事部3人の会話は疲れきった心をトリートメントしてくれるし、時折挿入される八木原大輝(高橋優斗)と乙牧栞(福地桃子)のバカップルもいい。しかし、そんなほんわかドラマのすぐ後ろにはコロナウイルスという不穏なトーンがつきまとっている。そのどんよりとした空気のなかでは、命は固有性を剥奪され、いともたやすく数量化されてしまう*2。一方的な固有性の剥奪。
青林「『先生が言う通り今はまだ会わないほうがいいよね?』って泣きそうな顔で、いやぁ、泣きそうな顔かどうかがよくわかんなくて…。わからないじゃないですか、会わなきゃ、離れてちゃ、どういう顔して、どうしてるのか、よくわかんないから…」
美々「よく考えて、命より大事なものがありますか?」
青林「あります。あると思います」
それは、美々が人に対して食べもののレッテルを貼ってしまうクセと似ているが、すこし違う。むしろ、美々が人を食べものに例えていくことは、命が数量化されてしまうことと違って、固有性を見つける手がかりとなってもいいのだけど、そのことはまだ結びついていなくて、夜の街に煌く灯りとブレーカーが落ちて真っ暗になった部屋にいる私の非対称性に泣いてしまう。ひとりでも大丈夫なのだ、と。そんな美々は“ひとり”という記号から脱却するように、自分自身に“草モチ”と名付け、自分が勝手に貼りつけた名前ではない相手*3、檸檬さんとのチャットに邁進する。極上のステーキを求めているはずなのに、顔も本当の名前もわからない檸檬との時間を愛おしく思ってしまう、そのズレを肯定して欲しくて、檸檬さんの声はぺこぱの松陰寺で再生される。
2016年『世界一難しい恋』製作陣という安定感もさることながら、なんといっても水橋文美江の脚本が細部に冴え渡っている。その魅力はなんだろうか、と考えると、それは保坂和志的な会話のちょっとしたすれ違いの妙だ。面第2話にして、その面白さに微笑んでしまう。
青林「おいくつですか?」
美々「は?」
青林「美々先生おいくつになられるのかと…」
美々「は?」
青林「五文字が27になるんですけど…五文字より、あっ、わかりますよね?五文字、人事部の五文字。五文字より上かな?下かな?っていう」
美々「何言ってるんですか?」
青林「僕が33なんですけど、僕より上っていうことはありますか?」
美々「28です」
青林「年上だ」
美々「年下です」
青林「あっ、五文字よりは年上ですね」
という会話のリズムがキャラクターをより生き生きとさせ、登場するすべての人物を愛おしく思ってしまう*4。第2話のラストにサラリと明かされた檸檬さんの正体からして、このドラマの肝は誰が檸檬さんなのか?といったことに比重を置かない。そうであるから、このドラマの魅力はやはり、すれ違うことの妙だ。美々と青林のSNSでのチャットのやり取り、「檸檬さん」「草モチさん」とすべての人に当てはめ可能なドラマメイクで、この時代の愛する気持ちを肯定しようとしている。男女も年齢も関係なく、檸檬、草モチという記号的な存在にいろんな命が宿っていく。