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トレイ・エドワード・シュルツ『WAVES』

Waves | Official Trailer HD | A24 - YouTube デジタルネイティブ世代によるニューウェーブである。監督・脚本のトレイ・エドワード・シュルツはテレンス・マリックの弟子だそうで、『ツリー・オブ・ライフ』などにも撮影アシスタントとして参加していたそう。テレンス・マリックのように新たな試みへも意欲的なようで、まさしく新たな世代が始まっていく感じだ。

冒頭のシーン。360度回転するカメラの運動と自動車の直線的な推進力。この2つの運動が映画全体を表していると言ってもいいかもしれない。本作は、ある兄弟が悩み、葛藤し、ぐるぐると回りながら、それでも前進していく過程を映し出していくのだ。この回転と前進を映し出したシーンによって登場人物の感情を巧みに描き出している。

2部構成である本作の始めのセクションは、まず兄へとカメラが向けられる。レスリング部に所属し、エリート選手である高校生タイラーは、厳格な父のもとで、練習に励みながら、恋人アレクシスと充実した日々を過ごしていた。しかし、そんな日々が肩の負傷とともに壊れていく。その負傷を誰にも打ち明けず、痛み止めを飲み、試合に強行出場してしまう。最近観た映画でもかなりキツいシーンだった。選手生命が絶たれるという、アスリートのアイデンティティの剥奪である。もちろん、スポーツだけが全てではないのだけれど、父親やコーチなどから浴びせられる「今を生きろ」「試合に勝て」というメッセージを受け取る毎日が強烈に響いてしまうのが虚しい。カメラも父親の顔を探すために回転し、タイラーは他者に主導権を握られたままに混乱してしまう。リスペクタビリティ・ポリティクス*1による固有性の抑圧が映る前半ラストの停滞には、冒頭シーンのような回転も直線運動もなくあまりに悲しい。

前章の“あること”をきっかけに暗闇に覆われてしまったタイラーの妹・エミリーがルークと出会い浮上していく過程が後半である。暗闇のなかに灯火を持って現れるルーカス・ヘッジズが観客をも救ってくれるのだ。『マンチェスター バイ・ザ・シー』『レディ・バード』『スリー・ビルボード』などなどルーカス・ヘッジズ*2の眩いフィルモグラフィには驚かされてしまう*3。彼自身が放つ暖かで優しい、“ルーカス・ヘッジズ”という印に安心感さえ覚えてしまうほどだ。2部構成の後半で描かれる誰かに寄り添うことで、自分自身も救われるというのはなんとも感動的である。ルーカス・ヘッジズはエミリーに寄り添うことで、父親との関係の修復に繋がり、エミリーはルーカス・ヘッジズの父親に寄り添うことで、自身の父親との対話へと進んでいく。まさにルーカス・ヘッジズは本作を象徴する存在だ。安和隆の言葉が想起されるでしょう。

心のケアって何かわかった。

誰もひとりぼっちにさせへんってことや。

誰かに寄り添い、ただそこにいる。心の傷を癒すということを体現したような彼の優しさは何よりの救いである。f:id:You1999:20200806142535j:imageそして、エミリーが自転車で颯爽と駆け抜けるラストシーンが解き放たれる。回転と直線運動。冒頭シーンの横の動きであった回転は車輪回転の縦の動きへと変わり、真っ直ぐに伸びた道の真ん中を前へ、前へと進んでいく。それが自転車であることがなによりも素晴らしい。1部での「今を生きろ」という誰かから押し付けられたものは、2部で発せられる父親の「今を生きよう」に上書きされ、自転車のペダルをこぐように、何にも縛られず自分で物語を駆動させようとしている。このシーンに辿り着くためだけでも観る価値のある作品である。

WAVES/ウェイブス(字幕版)

WAVES/ウェイブス(字幕版)

  • ケルヴィン・ハリソン・ジュニア
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*1:マイノリティが自分たちの存在を一般社会に受け入れてもらう・理解してもらうために、模範的な振る舞いをする/求めること

*2:もう役名ではなくルーカス・ヘッジズで書きます

*3:ティモシーシャラメとルーカス・ヘッジズは良すぎる。『レディ・バード』のエグさ