昨日の今日

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お笑いとテレビと映画と本と音楽とサッカーと…

村田秀亮『本坊元児と申します』

f:id:You1999:20200531183933p:image監督・撮影・編集はとろサーモン村田、主役はソラシド本坊。売れないお笑い芸人の約2年間がおさめられたノンフィクションVTRである。実に苦しくて、しんどそうで、みっともなくて、悲哀に満ちたシーンの連なり。なのだけれど、クスッと笑いがあちこちに散らばっている。圧倒的な虚無に襲われ風呂場で「もう死の」と呟く。レトルトカレーも投げやりにつくり、彼女とか欲しいですか?と訊かれても、信用できないからいらないと答える。しかし、その数秒後に「ごめん、やっぱり(彼女)欲しい」とはにかみながら白状する。バイト代めっちゃ貯まったから、美味しいもん食べに行こ!と言うが、その前に家賃を払ってしまうと、あとには何も残らず、肩を落として下を向いて歩く。新しくできた彼女*1と野球観戦に行く。阪神のユニフォームを彼女に着せるという夢を叶えるために、屋台で7000円の鳥谷ユニを買う。ところが、別の屋台で4200円のを見つけてしまうという悲劇。借金20万を返すための金が貯まったが、「でも返したくないねや」と真っ直ぐな目で打ち明ける。今、金のあるうちに形に変えようとスーツを買いに行く。10万円をおろしにいって、ウキウキでショッピング。値札を見ずに靴とズボンとシャツとチョッキと上着と帽子を身につけて、嬉しくてしょうがない。が、パネルに表示された金額は112,728。慌てて靴とチョッキを手放す。その可笑しさ。余った金を美容室に使って、髪の毛を整えると、しっかりとカッコいい。そんな1日の終わりに村田が質問する。

(村田)お金今日いくら使いました?

(本坊)7万5000円…。返して欲しいわ……。

何かを手に入れてもそのすべてが虚無に変わってしまう。しかし、そのシーンのどれもが面白くて、でも泣けてもくる。10月、地元に帰って友達と楽しく話し、両親と16年前の船出を思い返す。広大な海を見つめ、漫才をやっていかなければいけないと心に固く誓う。そんな本坊は1週間後、土木テクノをつくった。

本編31分40秒に横たわるのは紛れもない“生”の肯定である。もういつでも道を逸れて、どこか遠くに行ってしまえばいいのに、それでも歩き続けられるかぎりは、足元を確かめながら“生”を続けていく。ニヒリズムに飲み込まれそうになる、その刹那、笑いが落っこちてくる。この世のどこかで“生”を粘り強く守り続ける。その瞬間をシュールな笑いに変えて、お笑い芸人であることを全うする。この記録映像が、誰かの笑いものになればなるだけ、これまでの彼らの魂は報われるのかもしれない。しかし、真に彼らを嘲ることなど誰にもできやしないのである。


「本坊元児と申します」 監督・撮影・編集 村田秀亮(とろサーモン)

 

*1:ファンの彼女、しかし本坊の怠惰が原因であっという間に去ってしまう