昨日の今日

KINOUNOKYOU

お笑いとテレビと映画と本と音楽とサッカーと…

常間地裕『この日々が凪いだら』

f:id:nayo18858:20221103115647j:image人身事故を知らせるアナウンスを聞いたとき、私たちは電車が遅れてしまうことを考えるのだろうか。人が死に、その存在がこの世界から消えゆくときに、その消えゆく誰かのことを考え、誰かは悲しみ、怒り、笑っているのだろうか。そうすることで存在させてあげられるのだろうか。春雄が電車にぶつかり割ったガラスはやがて修復され、「良くしてもらったから」と渡されたタバコもどこかへ投げ捨てられ、誰かの記憶からもゆっくりと消えていくのだろうか。

東京オリンピックの影響によって、アパートが取り壊されることを告げにきた大家はいくらか引越し費用のためのお金も出せると言った。宮島はそれを受け入れドアを閉める。東京オリンピックのために壊される建物もあれば、そのために作られる建物もあるだろうか。双葉は引っ越しもしなくちゃいけないし、これからのこともあるしと給料の安いお花屋さんを辞めてどこか会社に入ろうと思う、と言う。好きなことをできているだけで幸せだろうか。アパートがなくなり、少しのお金が入る。本作では何かが消えゆくとき、ふっとお金の存在が浮き上がってくる。父親が死に、散骨をするために船に乗り込んだ宮島が双葉から父親が残した通帳を受け取るシーンにおいて、父親からの償い、愛情などを示すのであれば、知人に残したあの日の反省の言葉や手紙であっても良かったかもしれない。しかし、残され立ち現れたものは通帳であった。その通帳を残した父親はいつもの弁当をいつものコンビニで買うことを生涯にわたって続けていた。何かが変わるのはとても怖いことであるだろうか。しかし、世界からは常に誰かが消え、誰かが出会い別れて、誰かが夢を諦め、建物は壊され建てられている。世界はぐるぐると周り、日々を更新し、波風が吹くなか波は押しては返し境界を行ったり来たりする。その行き来の果てで世界は異なるものになっているだろうか。違う世界を生きることはできるだろうか。

冒頭、触れ合う近さで揺れるのだけれど、結局そのカットのなかで繋がれることはなかった2人の手は、最終的にイヤホンを分け合い同じ音楽を聴くことよって繋がる。そして、生活を続けていくことを決意する2人がバスの座席に座って、同じ方向を向き前進していく横並びのショットに収斂される。夕凪は、夕方、海風と陸風とが交替する時、一時無風の状態になることであるらしい。

羊文学 / Hitsujibungaku - 夕凪 / Yunagi (Official Music Video) - YouTube

本作の主題歌として採用されている羊文学『夕凪』がイヤホンから流れるとき、どうしようもなく押し寄せてくる波に抗い、進むことができるようになるだろうか。今回の上映に伴って改めて撮影、編集されたミュージックビデオは、冒頭、降り注ぐ雨の落下という下の運動から身を守るように傘をさしているTSUGUMIのカットから始まり、そして、傘を頭上高くにそっと持ち上げるという上への運動によって開始される。新たな生活を始め、誰かと出会う。また風が吹いたとき、その風は誰にどんな影響を及ぼすだろうか。